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平成28年度滋賀県市長会県外研修(Share金沢)

13時30分から社会福祉法人佛子園の運営する『Share金沢』を視察しました。

最初に奥村施設長からShare金沢についての説明をいただきました。

《法人はもともと日蓮宗のお寺だった。

住職が兵隊から帰ってきて今の白山市で戦災孤児を預かり始めた。

子どもが多くなったので、昭和35年に法人化したが、そのときの石川県からの条件で知的障がい児を預かることになり、法人の名前も『佛子園』名づけた。

施設内のレストランでも障がいのある人が働いている。

グループホームも県内で20棟を建てている。

例えば奥能登の日本海倶楽部は大人の障がいのある人が入所しているが、奥能登は仕事がないので、こちらから仕事を持っていき、地ビールを醸造し始めた。

今はビールのラインが足りなくなり拡張しているところだ。

また、小松市にある西圓寺は当時の野田町で住民とともに障がいのあるなしに関係なく生活できるまちづくりを目指した。

ここはShare金沢のプロトタイプになっている。

ごちゃまぜにして、本堂を居酒屋にして障がい者が働いている。

西圓寺の周辺では55世帯から69世帯に増えた。

また、美川駅の指定管理を受けている。

カフェやデイサービスなど駅をセンターにしようとした。

そうして障がい者の雇用をつくっている。

こうした取り組みがShare金沢につながっている。

ここは元々サナトリウムで10年ほど放って置かれた場所。

白山市のお寺から移ってきたが、法人の思いがごちゃまぜなので建物もごちゃまぜにしている。

サ高住や児童養護施設、学生アパートなどが敷地内でごちゃまぜになっている。

道はわざと狭く曲げてある。

すれ違うときに譲り合わないと通れなくした。

本館は街を見下ろすようにした。

安倍総理や石破地方創生大臣、増田元総務大臣などが来て『日本版CCRCを目指すのか』と聞かれたが、ここは高齢者ではなく障がい者の施設だ。

まちづくりを目指すので、東京からのお年寄りだけを受け入れるのではない。

隣に刑務所があるが、この辺りは昔はほとんど人が住んでいなかった。

土地区画整理事業で急に若い人が増えすぎた。

そこで小学校の校長から学童をやってくれと言われて始めた。

40名と契約し、今年はかろうじて待機が出なかった。

来年はどうなるかわからない。

しかし、地域の方々がとりあえずShare金沢に相談しようと言われるのが嬉しい。

学童を放課後自然教室と名づけている。

まず、火起こしと焚き火から必ず始める。

お菓子も火を使って作る。

Share金沢内には高齢者が自主運営するお店がある。

入所するときに出資するが、それで作った共同売店がある。

アルパカが3頭いるが散歩させると自然に子どもが集まり、自然に障がい児と触れ合ってくれる。

『私がつくるまち』として10者の仲間がいる。

仲間になるのは入所者のために頑張ることを条件とした。

2007年のWHOの報告書で高齢者の住みやすい街は8つの条件があった。

住宅、社会参加、尊厳と社会的包摂、市民参加と雇用、コミュニケーションと情報、地域支援と保健サービス、屋外スペースと建物、交通機関がその8つだが、保健サービスと建物はできるがあとの6つはうちの法人ではできない。

そこで仲間を集めた。

まずは金沢市田上の人とそれ以外に能力を持った他の人を選んだ。

ここの特徴は交流人口を増やすこと。

交流人口が増えるとそこで障がいのある人や高齢者と地域の人が触れ合える。

カフェを作るとなれば就労支援A型で作ろう、すると今度はデイケアを作ろうとなる。

交流人口を増やそうとしている。

地域の事業の手伝いもするし、地域から来てくれたりもする。

関わりが増え、いろんなことが始まった。

『金沢・加賀・能登で地域思考型教育による夢と志を持つ人材養成』として、大学を中心に取り組んでいる。

石川県内の大学を卒業しても36.5%しか金沢に残らない。

そこで10%増やそうとし、地方創生概論をして単位の取れる必修科目として、インターンシップで学生が地域と関わるように、学生が事業を立ち上げる時の資金も用意しようとなった。

シェア金沢では学生が地域と社会を学んだり、生涯学習をしたりする。

金沢大学が仲間となった。

学童と放課後児童クラブの垣根を下げて行きたい。

いろいろな施設はすべて授産、就労事業として取り組んでいる。

サ高住もシェアハウスになっている。

掃除や食事準備も障がい者就労になっている》。

奥村施設長と話していると、『滋賀県ということで緊張しました』と言いました。

糸賀一雄の地元からということで、滋賀の取り組みを目指しているといいます。

しかし、ここの取り組みはかなり先進的で、とても参考になります。

その後、施設の中を散策しましたが、まさにごちゃまぜのまちづくりでした。

ここでも時間をオーバーして14時40分に出発しました。

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