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福島第二原発の足下で考える

p1020106福島県富岡町なう。

福島第一原子力発電所の警戒区域に含まれる富岡町には福島第二原子力発電所が立地している。

白い防護服に身を包み、富岡町の職員さんの案内で現地入りしたが、音のない世界は、4月初めに釜石港の埠頭で味わった以上のもの

あたり一面平坦地となった先月の石巻市立病院もひどかったが、ここでは何せ、動くものはわれわれのみ。

5ヵ月以上人間の活動から隔絶された文明社会が自然に呑み込まれていくさまは壮絶なものだ。

瓦礫だけは自衛隊や建設業界がかろうじて整理してくれているが、まちなかの空き地という空き地は草に覆われてしまっている。

田んぼは見渡す限りの草原だ。

震災当日、案内の職員さんが乗っていたという防災車が草むらに放置されているが車体はメチャメチャ。

老人を避難させる途中、空から海が降ってきて巻き込まれ、偶然開いた窓から押し出されて助かったとのことだが、草原に寂しく埋もれている鉄の固まりは、納車3日目だったとのこと。

お二人が亡くなった。

常磐線は津波で持っていかれている。

富岡駅は改札を残すのみ。

なり高台の建物まで1階部分は津波に撃ち抜かれ、住宅に車輌や自販機が突き刺さったままの光景は、4月初めの釜石の状況であり、震災直後から時計の針が止まったままだ。

まさに、人の気配のないゴーストタウンであり、富岡町の皆さんが営々と築き上げてきたまちづくりが一瞬にして失われたことに対する怒りは、現場に立ち、現場の風景を見、現場の空気を吸い、現場の音を聞き、現場の風に触れてみなければ決してわからないだろう。

当初から外国人献金問題に集まった耳目を散らすことしか頭になく、パフォーマンスの挙げ句初期活動を台無しにした無能な総理大臣が、無責任にも放射性物質の中間処理施設を福島県に設けてほしいと言っていたが、辞める人間が言うことではない。

菅直人』とGoogle検索すると『菅直人 無能』と関連ワードが最初に出てくるが、この無能な人間は、次の総理が東京18区に中間処理施設をつくらせてほしいと言ったら、自分の言葉を棚にあげて反対運動の先頭に立つに相違ない。

そこで以前、若くして政治を志した青年に、『キミは人の気持ちを読むことができないから政治に携わるべきでない、本人も周りも不幸になる』と忠告したことを思い出した。

それは、パフォーマンス先行で原発を容認しながら『卒原発』などと言葉遊びをしているどこかの知事と一緒で、守れない約束をしても平気でいられる丸太のような神経の持ち主は、最初から政治に緊張感を持たない『ごっこ』だけに、本人も周囲も不幸である。

橋が寸断されていたため、福島第二原発は遠くから確認しただけだが、放射線は目に見えないだけ不気味である。

先日訪れた高速増殖炉もんじゅの原子炉格納容器は1.8mのべトンと0.5mのステンレスで覆われた直径50m、高さ42mの巨大ドームで、そこ(格納容器の中心)に立てばその大きさに圧倒され、科学の安全神話の教徒になるのも頷けるが、今ここに立つと、福島第二の巨大な原子炉建屋が、人間社会を呑み込んだ大自然の風景のほんの片隅に申し訳なさそうに立っているだけだ。

5月以来、本来はこれだけの原子力公害(『原子力災害』というネーミングは余りにもバカにしている)を撒き散らした電力会社がするべき富岡町の支援を続けてきた。

現在も保健師を含め3人体制で常駐している。

志願して参加してくれた職員には頭の下がる思いだし、本市の職員が担当した『一時帰宅支援』の先を検証した格好だが、震災以来、自分たちのまちに入れない、自治や民主主義を奪われたまちの現実を目の当たりにして、今後の支援のあり方や自治そのものを考えさせられる半日である。

原発の再稼働は今のところ考えられないというのが、自治を奪われたお膝元の自治体の思いだ。

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