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湖南市100歳大学

10時から湖南市中央の社会福祉センターで『100歳大学』が開講され、最初に市長があいさつしました。

その後、第一講として、國松善次・元滋賀県知事から講義がありました。

スマフォでチネチネとメモしましたので、速報性を重視して正確性は勘弁していただいて分析は谷畑でお楽しみください。

「はじめに、人生100歳時代というが、みんなその準備ができていない。そういう危機意識で100歳大学の仕組みを隣の栗東市で始めた。湖南市でも度々同じような取り組みをしているので同じような話もしてきたかと思うが、大切なので繰り返したい。」

「ところで100歳まで生きようと思う人はこの中にどれだけいるか?1人、2人か。これは日本全国同じ傾向だ。みんな100歳まで生きるとは具体的に考えて生きていない。しかし、現実に100歳が増えている。1963年に153人だった100歳が、2016年には6万5千人になった。これは順番に増えたのでなく、1998年でようやく1万人となり、それが急激に増えている。国立社会保障・人口問題研究所の予想では、2050年には68万人になると予測されている。われわれの社会や常識は、100歳まで生きる、100歳を超えるとは考えて設計されていなかった。」

「しかし、どんどん増える事実。わが家は先月まで3人家族で、母親は明治45年生まれで104歳だったが亡くなり、昨日が四十九日だった。ところで、新聞にはお悔やみ欄がある。誰が死んだということでなく、歳をみてほしい。2、3割は90歳以上だ。年末の喪中はがきに90歳以上、100歳の人もある。現にそういう時代が来ている。平均年齢は男80、女87だが、あれは今比べたらダメ。それをもう超えた人もいるかもしれないが、オギャーって産まれた人がどれだけ生きられるかのことだ。今の人がどれだけ生きられるかは余命というように、もともと平均寿命は産まれた人の数字。今の日本人の平均はお悔やみ欄の年齢が正しい。日本人の寿命を全うする時代。女性は圧倒的に90を超えるし男性も近づく。」

「日野原重明という先生が104歳で25日に滋賀県に来るが、104歳で1時間講演する。110歳まで講演予定が入っている。」

「また、京都のお爺さんで宮崎秀吉さんという人がいる。陸上を93歳から始めた。2年前に私と一緒に岩手でアジア・マスターズに出て、100歳で100メートルの世界記録を樹てた。実は100歳で100メートルを走った人がそれまでいなかったのだ。アジアマスターズは予選がない。出たい人は金さえ払えば出られる。私も参加料を払って5千メートルに出て8位で入賞した。それを自慢しようとしたが、そのお爺さんが世界記録を出したので愕然とした。しかし、正確なことを言うと、私の後ろにはひとりしかいなかった。グラウンドゴルフでいえばブービー賞だ。しかも、スタートは10人だったが1人リタイアしたのだった。宮崎さんはあと2年で105歳になるので、また100メートルの世界新記録をつくろうとしている。それだけではおもしろくないからと砲丸投げを始めた。それも世界新記録になった。残念なことに年齢だけは追い越せない。若い車は年齢には勝てない。そういう人は何をやっても世界新記録になる。まさに100歳からが面白い。100歳から取り組んでスターになった。」

「私は知事を辞めてからマラソンを始めた。定年はそれぞれの職場で賞味期限が切れたので頼むから辞めてくださいと退職金をくれること。私はその後、間違って知事になったが、辞めたあとで余呉の健康マラソンがあった。健康になるのかなと思ったから参加した。その前に知事時代に希望ヶ丘でマスターズのマラソンがあり、『知事、あいさつはいいから走ってくれ』という。増田明美さんがゲストとしてずっと一緒に走ってくれた。そのときな3キロだったので、次は5キロに出たいと余呉に行ったが、5キロはなくて3キロか7キロしかないといわれた。マラソンの面白いのは、ライバルは自分だということと、道具も靴くらいしかいらないことだ。また、何キロ走れた、何秒で走れたと、結果が全部数字で出てくる。練習の成果が出る。そのうちフルマラソンを走りたくなった。42.195キロだが、数字が『死にに行くぞ』と見える。そこで死に土産と思い、東京マラソンに応募して、みごとに当たった。3万人が集まる。ひとつのまちの人口くらいいる。踏まれたらあかんと道路の端を走ったら、どこまで行っても応援が途切れないので、結局最後までやめられなかった。東京マラソンは7時間以内で走らないといけない。普通の生活では8時間労働というが、マラソンでは休憩も食事もない。それを走れてメダルをもらった。調子に乗って、嫁さんとホノルルマラソンに出た。ホノルルマラソンは時間制限がない。嫁さんは最後まで歩いていたが、ゴールしたので私と同じメダルを持っている。それを自慢するので『お前のは完走ではなく完歩だ』などと言ったが、面白くないので大阪マラソンにも出た。『死に行くぞ』を3回やって、仏の顔も三度までとそれ以来マラソンはやめた。」

「女性の話をすると、後藤はつのさんという女性は73歳から絵を描き始めた。普通の絵ではなく、たたみ1畳の大きさに油絵を毎年描くとした。銀座で個展をしたらたくさんのお客さんが来た。こんなにたくさん来てくれるならと、私の個展をニューヨークでやりたいとして、111歳で実現した。100歳を超えて活躍する人が現に出てきた。」

「100歳を超えるのは9割が女性。お年寄りの催しの出席は圧倒的に女性が多いが、湖南市では男女半々の出席ということは、かなり進んでいる。女性は身体が子どもを産み育てるしっかりした構造だが、オスはカマキリと一緒で交尾が終わると食べられてしまう。しかし、せっかく100歳を超えても、問題は8割が認知症で半分が寝たきり。これはせっかく長生きしても問題だ。ちなみに私はパワーポイントを使わない。あれは頭に残らない。ホワイトボードに下手な字を書いていると、みんなのぞき込んでくれる。参加する。この歳になると、ここから出ると今日の話を覚えていない。そこでわざとホワイトボードを使っている。使えないわけではない。」

「人生が60歳以降も30歳から35歳伸びている。人生が5割増になった。それを老後という。昔は余生、余計前な生と言っていた。おふくろも『向こうでつかえているから』と言って100を超え、先月亡くなったが、人生の老後だけ伸びた。老後は60歳からあと5年から10年だったものが、今や30年に伸びた。子どもの頃を考えれば、小学校の運動会の大人のレースで必ず転んだはずだ。それは足が弱くなっている。しかも必ず本部席前で転ぶ。人生が100メートル走だと思っていたら、今は50メートル伸びている。150メートルを走らないといけない。滋賀県の女性は日本で一番健康寿命が短い。ここをどう生きるか。人生はお一人様1回だけのドラマだ。しかも主役だけでなく脚本家、さらに監督を兼ねないといけない。しかもこの人生ドラマを最後まで見てくれるのは自分しかいない。ドラマは最後の締めがどう終わるかで変わる。その人生ドラマがもう一幕増えた。この一幕をどう素晴らしいものにできるかできないか、するかしないか。60歳までをなんぼ良くして、部長に出世したり、がんばって金儲けしたりしたとしても、老後が惨めだとギャップが大きい。むしろ、老いを元気で楽しく生きて行けるか。主役がどう演じているか、脚本が書けるか、日々いきいきと生きている監督とできるか。」

「しかし、厄介なところがある。90歳まで生きるとする。人生、大人になるのに、20歳で大人になったとすると、そこまでは階段がある。小学校、中学校、高校だ。最近は就学前教育も追加された。階段を登るのに、先生がいて教科書で教えてくれ、体も大きくなった。夢があった。70歳から100歳までの30年、階段はない、先生もない、すべて自己責任。集団的自衛権はない。自己責任、自己防衛、自助努力しかない。人生が65歳くらいで終わると思っていたけど伸びている。準備もしていない。知識は『ためしてガッテン』で断片的に知ってはいるが、基礎基本はない。自己流で行く。そのため8割が認知症で半分が寝たきり。そこで、そういうことを教えるのが『老いの学校』、『100歳大学』だ。子どもは幼稚園、小学校からだが、高齢者は大学からにした。栗東市では65歳しか入学できないことにした。差別でないかとの声があったが、これはあくまで区別。基礎基本を学んでまず覚悟を持ってもらう。次に努力できるか。衰えていくときに、ちょっと聞いただけで続けないといけない。続けるためには楽しくやる。毎日しなくてもよい。そのノウハウを100歳大学でやった。」

「昔は、読み書きそろばん、子どもの頃は国語、算数、理科、社会、英語の5教科といった。そのため、栗東では健康づくり、生きがいづくり、幸せづくり、福祉医療現状、地域課題の5教科とした。毎週一回来てもらい、1時間のお話を聞くだけでなく、身体で覚える格好で学ぶ。聞きっぱなしではだめで、教室ではなく向き合って座ってもらっている。議論して身につけてもらう。そして卒業式をした。公設民営だ。20回で4000円、40回で8000円としているが、安すぎるという声もあり、ワンコインでもいい。こうしたことをお役所がしない。定着するまで3年が必要だが、そんなにつづけることを市長が嫌がり、栗東市も市長が1年の事業とした。『市立大学』の卒業証書なので卒業証書を市長が渡す。試験はしないが出席はしてもらうとしたところ、出席率が83%で驚いた。人生の下りには階段がない。手すりもない。教科書もないし、先生もない。夢を持っている人はほとんどいない。だんだんくたびれてくる。ここにこそ階段が必要だ。人生下山の教育、その基礎を100歳大学で体系的に教えてもらう。大学教授は実践をしていないので、もっと実践している人の講義をしてもらったが、たまには大学教授の話も聞きたいという声があったので、年2回公開講座をしている。」

「老いには2つの道がある。まずPPKはピンピンコロリ、その反対はNNK、認知症、寝たきり、孤独死だ。死ぬときはひとり。人間は一人で死ぬが、死んでから死んでることを見つけてもらうのに日数がかかるというのがたくさん出てくるようになった。嫁さんは民生委員をしている。管轄の家の前を通ると郵便物が溜まっている。そのうち異臭がして、おかしいと警察と入るとおばあちゃんがお風呂で亡くなっていた。そういう予備軍がかならずある、いっぱいある時代に入っている。100歳大学に来た人には、NNKよりPPKに行ってほしい。これを決められるのは本人だけ。NNKに行くのは新快速。特急料金いらずに冷暖房完備で快適。しかし、NNKに行くのが嫌なら、電車を降りて自分の足で歩いてほしい。PPKへ行ってほしい。電車を降りてほしい。その電車には、前に『生活習慣病』と書いてある。降りてほしい。生活習慣病は『病』とあるがバイキンが身体をいじめるのでなく、本人の生活習慣が悪いだけだ。薬はいらない。良い生活習慣に変えれば良い。生活態度、生活習慣を変える。」

「背を丸めて歩いている年寄りが多い。下を見ないことだ。昔はええもん落ちていたけど、今はゴミしか落ちてない。上を向くと躓くので、前を見て歩く。四足動物は4つの足を同じように使ってエサを探す。2本の足で立てば転ぶ。そのため、人間は足に7割の筋肉を集中し、お腹に筋肉コルセットを巻いている。しかし、筋肉は3日使わないと剥げて肉になる。肥満になる。背骨は小さな骨がたくさんつながっているし、肋骨の下に内蔵があるが、それを筋肉コルセットで守っている。この筋肉を3日使わないと肉になる。人間は歩かないと歩かなくなる。食べないと食べられなくなる。声を出さないと声を出せなくなる。」

「動物病院は人間が勝手に作ったもので、ペットが作ってくれと言って作られたものではない。動物は勝手に健康になる。歩く。しかし、ペットは歩かなくてもエサがあるからメタボになる。マラソンを走ると気持ちよくなる。ランニングハイというが、生き物の身体はくたびれそうになると気持ちよくなる。あらゆる細胞がフル回転する。くたびれない仕組みも装置されているのに、人間は使ってない。食べてばかり。現代社会は病気製造社会。動物と逆。楽になることは目標だったが、そのためには運動の努力をしないといけない。」

「また、老いには男女にものすごい差がある。女性は長生きだけでなく、60歳を過ぎると1割が自立できなくなり、70歳までに寝たきりか認知症になるが、残りの9割は90歳を超える。一方、男性は60歳を過ぎると2割が他人の世話になり、7割は70歳で世話になり、1割だけは90歳を超えてずっと元気で行く。みんな死ぬんだから、なんで死ぬかは気にしなくてよい。それよりもなんで他人の世話になるかを気にしてもらいたい。女性は、①筋肉、骨格、関節、②認知症、③骨折、骨粗鬆症の順だ。男性は、①脳血管疾患、②循環器疾患、すなわち血管が古くなるかが決め手だ。最近は、男性も認知症が増えた。女性は男性に似て循環器系が上がってきている。男は外に出るのが面倒くさくなる。女性は喋るのが上手、ネタとコミュニケーション能力がある。男はそれがないし、引きこもりになる。足を使わず脳を使わなくなる。すると認知症に行く。」

「私は去年倒れて大腿骨折したが、治すのは日にち薬、しかし、じっとしていると筋肉がはげる。完全に足は退化する。寝ると筋肉がハゲるだけでなく脳が横向いている。病院は壁も天井も真っ白けで、人は看護師が何分か顔を覗かせるだけだ。脳が休んでいる。内臓も縦にしてはじめて仕事しているが、横になってしまっている。」

「そこで、筋肉を鍛えて、血管を若くする。若くするにはバランスの取れた食べ物を食べる、女性は旦那が退職するとこれまで朝だけでよかったご飯を、朝、昼、晩を用意しないといけない。料理はものすごく頭を使う、料理は口でできない。動物が足で餌を探すのと同じことをしないといけない。男は女性に感謝しないといけない。男女別学教育が必要だ。」

「和食の文化では海と山と野の幸の旬を食べた。西洋人は寒いところで動物に餌を与えて乳を飲んだ。家畜は逃げるので追いかけなければならず西洋人は足が長くなった。われわれはコメを食べるので腸が長くなった。食べたものを分解して血や肉にする。腸内には善玉菌、悪玉菌、日和見菌がいるが、7割は無党派層の日和見菌。これがたくさんいるのに、出来上がった肉をたくさん食べると悪さをする。アレルギーや癌になる。」

「もうひとつは呼吸で、とにかく息を吐いてほしい。息は吸うものでない。最期に引き取ればよい。笑う、カラオケ、詩吟、そしてお経。坊さんは長生きしている。坊さんには定年がない。年を取れば取るほどありがたいと思われる。それと汗をかくことだ。運動して汗を書けば、いらんものを出してくれる。今の人間は血液がドロドロだ。夏の暑い時に冷房をかけるから汗が出ない。血液に酸素を送らないといけない。日本人はこれまで腸が仕事をしていたが、今は失業している。そして悪さをする。腸が活躍する食べ物を食べる。」

「もうひとつは最後に『気』。気が元で元気、病むと病気、やっかいなのは、気はコロコロ変わるもので、変えない努力が必要だ。そのためには目の前にニンジンをぶら下げる。わくわくするテーマを持つ。冒頭に紹介した人たちはわくわくしている。自分で自分にふさわしい人間を見つける。テーマ、目標を見つける。それとコツコツする根気が必要だ。わくわくする目標とコツコツ努力をすると、人生ドラマを楽しく明るくたくましく、感動を作れる。それに忘れてならないのは感謝だ。感謝ができなければドラマは失敗する。」

「最後にみなさんに5本の杖を持って帰ってもらいたい。①運動の杖。②仕事の杖(役割)。③趣味の杖(わくわくする)。④奉仕の杖。⑤感謝と祈りの杖。みなさんの持っている減らない時間を使ってほしい。食べ物はバランスよく。人生長生きの下山の仕組み。覚悟して同級生が励まし合う。今の同級会は慰め合いだが、ぜひ励まし合ってもらいたい。」

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